今そこにいる、「生」の存在と出会っていく

うちの界隈には、お隣に住む大家さんやその向こうに住む集合住宅の皆さんに見守られて暮らしている「地域猫」がいます。(ト)さんというキジトラ猫の一族で、3世代います。そのうちの一番若い世代の、(ヒ)ちゃんという小さい猫が、冬になって毎日うちにやってくるようになりました。

今日は、そうやって(ヒ)ちゃんが来ていたあいだ、この界隈の「ボス猫」として知られている、体の大きな猫(ロ)さんが、路地の向こうからやってきてしまい、(ヒ)ちゃんと出くわしてしまいました。

この2人は出くわすといつも激しく「うーっ」「なーっ」と唸りあって、最終的には逃げる(ヒ)ちゃんを(ロ)さんがダッシュで追いかけて、わたしからは見えないはるか向こうのどこかで「ふぎゃー!」とばたばたやりあうのが聞こえる、というふうでした。

もしくは(ヒ)ちゃんがそーっと逃げるまで、(ロ)さんはそこに居座り続け、(ヒ)ちゃんがいなくなってからゆったりとこの場を去っていく、ということもありました。

今日も、出くわしてしまって、まずは2人ともフリーズしました。わたしは2人と三角形を描いた一角にいて、(ロ)さんの顔はよく見えました。

そこで今日は、(ロ)さんに、直観的コミュニケーションの手法で話しかけてみました。みぞおちを全開に開いて、友好の気持ちと尊敬の気持ちを送り、今そこにいる(ロ)さんと出会いました。わたしの記憶の中にある「いつも(ロ)さんはこういう猫なんだ」というイメージをかぶせるのでなく、生の、今ここにいる(ロ)さんです。じっと、丸く、そこに座っている(ロ)さん。

そしたら、いじわるに見えることがよくあった(ロ)さんの顔が、ほんとうにかわいく見えました。美しいな、と思った。

それで、それを伝えました。そして(ロ)さんがこの界隈を守っていてくれることに感謝していること、そして(ヒ)ちゃんのことは今日はそっとしておいてほしいこと、できればこれからも仲良くしてもらいたいことなどを、時間をかけてゆっくり伝えました。この界隈の本物のリーダーとして、小さい猫と争うのでなく、小さい猫をやさしく導くことがすてきだと思うと伝えました。

(ロ)さんは、わたしが心の中でこうしたメッセージを出すあいだ、何度も目を細めて、ときには笑っているかのように見えました。かわいかったし、聞いてもらえている、という感じがしました。

どのくらいそうやっていたでしょうか……。ついに、(ロ)さんはものすごくひそやかにゆっくりと上半身を少し起こして、超スローモーションで後ろに振り返る動きをし始め、ついに向こうむきになると、元来た道を静かに、ゆーっくりゆーっくり歩いて戻っていったのです。

(ロ)さんと(ヒ)ちゃんが出くわしたときに、こうやって(ロ)さんがバックダウンしてくれたのは、初めてのことでした。ほんとにお願いをきいてくれたんだ、と思いました。みぞおちから大きな「声なき声」でなんども「ありがとう!ありがとう!」と伝えました。

しかしすごーく集中したので、後でどっと疲れました……。

* * *

実感したのは、今ここにいる(ロ)さんと出会うということの大事さです。(ロ)さんは、野ねこではなく、家を持っている猫です。首輪をしていて、名前も書いてある猫さんです。人間と暮らしているから、日本語もよくわかります。大家さん一家はもうずっと、野ねこのままの(ト)さん一族を可愛がってきて、そんな大家さんにとっては(ロ)さんは「天敵」。よく(ロ)さんに向かって「あっちへ行け!」と言っていました。

わたしが最初に(ロ)さんを知ったときも、大家さんから「ひどいやつなんです、ここらのボス猫で、喧嘩強くて」と聞かされていました。

それで大家さんと同じように、(ト)一族と親しみ始めたわたしも、心のどこかで(ロ)さんを危険視していました。(ロ)さんは、わたしがほかの猫と一緒にいないときに会うと、とってもラブリーで、「おはよう」と言ったら「にゃあ」と返事を返してくれたり、足元にすりすりしてきてくれるような人なつこい猫で、相方はそんな(ロ)さんを「したたかだ」と言っていたこともありました。

そんなこんなで、どこかしら心根の悪さを(ロ)さん像にくっつけてしまっていたのです。

でもそういう「像」を、今ここにいる(ロ)さんにかぶせてしまうから、(ロ)さんも反発するんですねきっと……。

今日(ロ)さんと話したときは、わたしの頭の中にある「いつもの(ロ)さん像」のみならず、一般にいわれれるような「動物は縄張り争いするのが当たり前だ」というような前提さえも、留保して、ただ今そこにいる(ロ)さんの存在とじっと交流することを試みました。

(ロ)さんは、そうしたら、すごく耳を開いてくれたように感じられました。人間だって、自分がどういう人間かについて、あるいは自分の行動の理由について、他人に勝手に決め付けられるのはいやですよね。それは、ほかの生きものも同じなんですね、きっと。

今日のことは、☆型コインにして、「貯信箱」に入れようと思います。大切なこと教えてくれた(ロ)さん、どうもありがとう。